かんだやぶそばと言えば、知らない人がないくらい有名ですが、お客様はどのような方々ですか。
この辺りは大学が多く、学生時代に教授に初めて連れられて、その後、年を重ねて30年ぶりにいらっしゃったというお客様もおられます。今では東京の下町観光のコースになっていて、観光客の方もたくさんご来店頂いております。店内の帳場も昔のまま残してあります。また、小上がりの席もめずらしいのか、外国のお客様にも大変人気があります。
座敷もテーブル席もテーブルが少し低く感じますが何か理由があるのですか
蕎麦を手繰るのに丁度いい高さに作らせています。長い間についた蕎麦屋の知恵かと思います。
やぶそばのおそばは少し緑がかっていますね
それはそばを美味しそうに見せるために初代が工夫をしたものです。昔は冷蔵庫など温度管理できる貯蔵技術が無かったため、いいそば粉を使っていても、収穫から時間がたってくると黒っぽくなり、見た目が悪くなってしまうのです。そこで食欲を増進してもらおうと、そばの実を甘皮から挽いた色で見た目のさわやかさを出したのが始まりです。
当時としては画期的な工夫だったでしょうね。
そうですね。来ていただいたお客様にすこしでも喜んでもらうために工夫を凝らす、そして新しいことに臆さず挑戦する考え方の持ち主だったのでしょう。 せいろうの器にも工夫があるのですよ。蕎麦の下に敷いてある簀ですが、真ん中が少し高い作りになっているのに気づきましたか。茹でたての蕎麦を盛った時、どうしても下に水が溜まってしまうため、それが流れるよう湾曲させたものです。水気でつゆが薄まらないよう考えたのです。 その他にも、蕎麦を箸で手繰ったときするするっと取れるよう、うちでは職人が冷水でしめた蕎麦をせいろうの器に盛った後、箸でならしています。ここまでする蕎麦屋は少ないと思いますよ。蕎麦がダマになってくっ付いてきたらがっかりするでしょう(笑)
今のやぶそばのかたちは今日まで受け継できた人たちの知恵と工夫の集大成なのですね。
つゆは切れのある辛口ですね、昔から変わらない味ですか
基本的には製法は昔と変わりません。でも、時代の変化や季節によって原料の質も変わってきますし、お客様の味覚も昔とは違いますからね。だから、つゆの味もお客様のニーズに合わせてバランスをとって少しずつ変えてきています。辛口のつゆは江戸蕎麦の特徴ですかね。江戸っ子は蕎麦を食べる時、先に口に入ってくる蕎麦で蕎麦粉の香りを楽しんで、後から蕎麦の先についたつゆと一緒に蕎麦の味を楽しむと言われています。自然とつゆは少量でも味を感じるよう辛口になったのでしょうね。 我々は先代の頃からずっと毎日開店の前に店主と職人で必ず1食分の蕎麦とつゆの味をみて最後の調整を確認しています。変える変えないではなく、手落ちがないよう心がけています。 今ではそばは食事として位置付けられているようですが、昔は食事としてではなく、ちょっと小腹がすいた時に間食として食べられていたものです。蕎麦も寿司も今でいうファストフードだったんですね(笑)。昔、江戸の町には数え切れないほどのそばの屋台があって、蕎麦は粋な食べものの一つだったのでしょう。
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